欠けたもの

あのひとと出会い、すこしのあいだ交際し、別れた。客観的には、あのひとと出会うまえのおれに戻っただけだ。それなのに、なにもかもが違ってしまっている。誰にでもあるようなできごとで、自分がこんなにダメージを受けるとは思っていなかった。
また夏が来るのだと思った瞬間、あのひととのはじめてのデート、映画館の前での待ち合わせを思い出した。すこし汗ばんだ額にはりついた前髪をさわりながら、笑顔で近づいてくるあのひとをみとめたときの、異常にあざやかな記憶。なにかがはじまる予感のような胸のときめき、それが昨日のことのようでもあり、はるか昔のことのようでもある。あの日に帰りたい。