正確さ

小池昌代『黒雲の下で卵をあたためる』冒頭の「鹿を追いかけて」というエッセイを読みはじめたら、目があうとなんとなくこちらが照れてしまう動物、という話のなかで、「白目が目立たない彼らの瞳は、全体が茫洋とした曇りの日の海のようであり、暗いみずたまりのようであり、小さな宇宙のようでもある」と書かれていた。あのひとは黒目がちな瞳をしていたから、見つめあったときの自分のこころの動きを覗いているようで、背中がひやりとした文章だった。小池昌代の文章は、いま現在のおれの好みからするとすこし過剰だが、それでもやはり正確で乾いていて、美しい。