不破の苦しみに触れる

 「恋をするって人を分け隔てるという事じゃない」。これはよしながふみ『愛すべき娘たち』第3話のメインキャラクターである若林が、何度かの見合いを経て出会った、おそらくは初めて愛することができるかもしれなかった相手・不破との話を断ったあとに述べる言葉である。若林はこの物語の結末部分で修道院に入るのだが、初めて読んだ時からおれは若林の強烈な思想に惹かれ、そして折に触れ、彼女の大きな問いに対する答えを持ち合わせない自分を歯がゆく思っていた。
 ごく最近、あらためて読み返してみて、自分の実存的な問題を踏まえてこの作品を読むとき、おれが考えるべきはむしろ不破の苦しみではないかと感じた。ありていにいえば、愛した女性と結婚することができなかった自分を不破に投影したわけだが、これは安易な投影であると同時に、おれ自身が何を失い、何に打ちのめされているのかに向き合い、立ち直るきっかけにもなるのではないかと思う。
 おれとは結婚できないと告げたあのひとは、おれのメールの文章が好きだから、「いつかわたしたちのことを何かに書いてほしい」と言っていた。まだあの人に読んでもらうものにはできないが、そうしたことをきちんと考えるために読んだものや見たものについて記録していくことがこの日記の目的だ。とはいえ、正直、いまおれは「打ちのめされ」の渦中にあり、必要だと思われる本をピックアップして少しずつ眺めてはいるものの、まだ集中して読むことができないでいる。とりあえず本日段階での進捗。

竹村和子『愛について――アイデンティティと欲望の政治学』(岩波現代文庫)p.10まで
『愛すべき娘たち』の読解にはダイレクトにつながりそうだし、「求められつつ拒絶されることの苦しみ」という問題意識にも近い。まずはこれを中心に読み進めるのがよさそうに思う。

『文語訳 旧約聖書 Ⅲ 諸書』(岩波文庫)「ヨブ記」第四章まで
ざっくりとした内容は知っていたが、全体の十分の一くらいですでにかなりヨブがへこたれているのが意外だった。第三章の段階でもう「こんなに苦しい思いをするなら生まれてこなければよかった」みたいなことを言っている。ちょっと前に参照していた反出生主義の議論を思い出したりしていた。

池田喬・堀田義太郎『差別の哲学入門』(アルパカ)p.40まで
体系的に考えるためにはこの本がいちばん必要そうであり、「現代思想」2021年11月号(特集 ルッキズムを考える)とあわせて精読したい。派生的な問題として、M-1グランプリ2021決勝のももの漫才はルッキズムなのか、ということについても参考になりそう。

ドストエフスキー原卓也訳『カラマーゾフの兄弟(上)』(新潮文庫)p.25まで
最終的に自分が書くものについて、構造はこの小説というか、「作者の言葉」と本編との関係みたいなものになるのではないかと思っているのと、やっぱり小説を読みたいけど新しいものが自分の実存の問題にあまりにダイレクトに響いてきてきついので古典を、ということでこれも並行して読むことにしたい。

東畑開人『居るのはつらいよ――ケアとセラピーについての覚書』(医学書院)p.40まで
いちばんリーダブルな文章で、著者の実存の問題から書き起こされていることも含めていまの気分。最初にこれを読んでしまいそう。

という感じでいろいろつまみながら読んでいる。あと、濱口竜介監督『不気味なものの肌に触れる』を期間限定無料配信で見た。
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明日『偶然と想像』を観に行く予定なのでそれを踏まえてなんか書いておきたい。